
私が社長CEO兼COOに就任した2014年度から12年が経過しました。振り返れば、将来を見据えた舵取りを意識しつつも、常に目の前の課題と向き合うことに必死でしたが、乗り越える楽しさの方が勝っていたと思います。
外部環境が大きく変動する局面を幾度となく迎えたものの、Nittoグループはいち早く次の変化を捉えて成長し、時価総額は私の就任直前の約8,600億円から2026年3月末には2.4倍となる約2兆800億円となりました。このことは、われわれの経営の方向性について、市場から一定の評価が得られた結果だと受け止めています。
Nittoグループが大きな成長を遂げることができた要因には、お客様に必要とされ続けるための「備え」を徹底してきたことが挙げられます。私は、連続的に進む構造変化と突発的に発生する事象とでは、経営としての向き合い方が本質的に異なると捉えています。2010年代初頭はスマートフォンを中心にデジタル機器市場が拡大する一方、製品のコモディティ化や価格競争が激化していました。規模の拡大が競争力の強化につながらない時代が到来することは、一定の確度をもって見通すことができていました。
一方、2018年以降の米中貿易摩擦やロシアのウクライナ侵攻といった地政学リスク、COVID-19の世界的流行など、企業活動に大きな影響を及ぼすリスクは発生しうると認識できたとしても、そのタイミングや規模まで見通すことは困難です。
そのような認識のもと、外部環境の影響を受けにくい競争優位の確立を追求しました。特定の領域において他社には代替されにくい価値を築き上げ、お客様から「Nittoでなければならない」と評価していただける状態をつくり出すことで、不確実性の高い環境下にあっても、事業の持続性と成長性を確保してきました。外部環境の変化に受け身で対応するのではなく、変化の局面でこそ必要とされる存在であり続けるための「備え」を具現化したものこそ、私が12年間掲げ続けてきたニッチトップ戦略です。
現在も、脱炭素を軸とした環境規制の強化、デジタル・AI技術の急速な進展、経済安全保障の重要性の高まりなど、産業構造は不可逆的な変化が続いています。われわれが将来への「備え」を絶やすことはありません。
この12年間は、「外部環境の影響を受けにくい、強靭な企業体質」を築くことに注力してきました。その要は、「伸ばす」と「残さない」の判断を同時に積み上げていったことにあります。市場拡大などの変化を見込んだ半導体、自動車、ディスプレイ、HDD、核酸医薬、メンブレン、衛生材料といった「伸ばす」事業領域へは集中的に資源を配分した一方、市場の成熟などにより高い収益が見込めなくなった事業については「残さない」と決め、撤退・縮小や譲渡を進めました。この両面から事業ポートフォリオを大きく見直すことで収益構造を強化し、営業利益率は就任直前の9.6%(2013年度)から17.9%(2025年度)まで向上しました。
その過程では、オプトロニクスのような変化の激しい領域において、スピードと完成度といった相反する要素の両立を追求してきました。このような価値創造への取組みを積み重ねることによって、ナンバーワンの技術・製品・ソリューションが生まれ、ニッチトップにつながっています。従業員もこの方向性をよく理解し、実行してくれました。かつては言葉が先行していたニッチトップも、今では現場の意思決定にまで浸透し、カルチャーとなっています。ニッチトップはNittoグループの競争優位の源泉です。今後もお客様にとって「なくてはならない存在」であり続けるために、この戦略を貫いていきます。
ESGを経営の中心に置くとの強い意志のもと、社会課題の解決と経済価値の創造の両立を実現する経営を目指しています。そのために、PlanetFlags™/HumanFlags™(以下「Flags」)とニッチトップ双方の基準を満たすダブル認定製品・サービスの創出および拡大をさらに追求していきます。Nittoグループでは、地球環境へ貢献する「PlanetFlags™」、人類・社会へ貢献する「HumanFlags™」という独自の認定制度を設けています。私は、これらに該当しないテーマは新規開発しないという方針を明確に打ち出してきました。
こうしたESGに対する姿勢は、当初、社内にも懐疑的な見方がありましたが、方針を変えることなく推進し続けたことで、具体的な成果として表れています。その最たる例が電気剥離テープです。10年ほど前はまだお客様からの関心が高くありませんでしたが、いずれ必要とされる技術だと判断し、私が自ら旗振り役となって開発を続けてきました。現在では、欧州を中心に「Right to Repair(修理する権利)」の考え方が広がり、電気剥離テープは、バッテリーの取り外しを容易にする技術としてスマートフォンに採用され、バッテリーのリサイクルが可能になったことのみならず、製品ライフサイクル全体でのCO₂排出量削減によって社会・環境の双方に大きなインパクトを与える製品となっています。
電気剥離テープについてはスマートフォン以外への応用も進めており、その他のハイエンドデバイス向け部材の生産能力増強とあわせて、新工場建設に約390億円を投じるなどの大規模な投資を進めています。
近年、世界的にESGや環境問題をコストとして捉える見方も広がっています。こうした状況においても、NittoグループはESGを投資と捉え、社会課題に真正面から向き合い、その解決に資する技術を磨くことで、製品・サービスの競争優位の源泉としていきます。
2024年1月に公表した水道用膜モジュールの認定取得に関する不適切行為については、関係者の皆様に多大なるご心配とご迷惑をおかけしました。あらためて深くお詫び申し上げます。
本件は、ガバナンスの実効性を改めて見直す必要があると示すものであり、調査委員会からの客観的な指摘を受け止め、組織の在り方そのものを問い直す契機となりました。
単なる再発防止や是正対応にとどめるのではなく、事業活動の根幹を支える仕組みそのものを見直し、ガバナンスを構造的に強化していくことが重要だと考えています。コンプライアンス体制の強化についても、グループ会社を含めて実効性を伴う形で浸透させていくことを徹底していきます。
ガバナンスの実効性は、制度の整備だけでなく、人財や組織の運営を通じても担保すべきであると捉えています。今回の赤木COOの選任にあたっては、指名・報酬諮問委員会における十分な議論を踏まえ、決定しました。選任後は、すべての工場を訪問し、従業員に対しても背景や判断理由を直接説明するなど、理解の浸透に取り組んでいます。今後も、高い透明性のもとで自律性を備えた経営を徹底してまいります。
CEO/COOによる新経営体制への移行は、これまで築いてきた経営基盤を次のステージへつなぐための決断です。事業の広がりに加え、企業価値の向上により当社を取り巻く環境が大きく変化する中で、経営の方向づけと事業執行を分担する必要がありました。新体制のもとで成長の確度を高め、実行力をさらに強化していきます。
産業構造の変化が一層速まる中、成長と資本の効率を高めながら、社会課題の解決と経済価値の創造をより高い次元で両立していかなければなりません。そのために必要なのは、外部環境の変化を的確に捉えた、事業ポートフォリオの絶え間ない変革です。赤木COOに最も期待するのは、まさにこの点です。
赤木は、ニッチトップ戦略を深く理解し、現場でその実行を担ってきた人財です。変化を先取りして成長と構造改革を同時に推し進める戦略的思考に加え、それを現場で実現する実行力を兼ね備えています。今後は赤木が事業執行の全責任を担い、ポートフォリオの変革と成長の加速をリードしていきます。
一方、経営戦略の策定と進捗の監督、ガバナンスの実効性確保、中長期的な価値創造の方向づけは、CEOとしての私のミッションです。CEOとCOOがそれぞれの役割を果たし、相互に補完し合うことで、意思決定の質とスピードを高め、変化を新たな成長へと着実につなげていきます。
前中期経営計画の財務指標のうち、ROEは目標15%に対して12.2%と未達に終わりました。資本効率の向上は経営として真摯に取り組むべき課題であり、今後も重視していきます。
目標の達成に向けては、財務施策による一時的な数値改善に頼るのではなく、ニッチトップによる高収益体質の強化と事業ポートフォリオの変革を通じて、持続的に資本効率を高めていくことが重要であると捉えています。それは同時に、社会課題の解決や環境負荷の低減といった価値創出に資するものでなければなりません。こうした事業活動の中心となるのが、Flagsおよびニッチトップ双方の認定基準を満たすダブル認定製品・サービスの創出および拡大であり、「Nitto RISE 2028」では、これを重点取組みに掲げて注力していきます。
Nittoグループの考え方と戦略を共有するうえで、投資家をはじめとするステークホルダーの皆様との対話は、CEOとして極めて重要な私の責務です。今後も、Nittoグループの成長戦略がどのように資本効率の改善や企業価値の向上につながっていくのかを、より分かりやすく、一貫性をもってお伝えしていきます。
Nittoグループはこれからも、お客様はもちろん、地球環境や人類社会にとって「なくてはならない存在」であり続けるために、あらゆる変化をチャンスと捉え、チャレンジし続けていきます。新経営体制は、その第一歩です。監督と執行を有機的に連動させて持続的な企業価値向上を実現し、引き続きステークホルダーの皆様の期待に応えていきます。