CAREER MODEL CAREER MODEL
自分を悲観しない。
壁に直面しても
前向きに挑戦して
今の地位を手に入れた。

CAREER MODEL

ICT事業部門
生産技術統括部 生産技術部
部長
2003年入社

※インタビュー内容、役職、所属は取材当時のものです。

Career Picks

2003

亀山事業所の生産技術に配属。新規装置の導入やラインの改良を考え、仕様決定から立ち上げまでを担当。

2007

リーダーとしてチームマネジメントに携わる。「個人」から「チームとして成果を上げる」ために試行錯誤を繰り返す。

2014

初めての拠点異動で豊橋事業所のプロセス技術開発に配属。これまでの知識や経験が通用せずに原理原則をイチから勉強する。

2018

亀山事業所のプロセス技術開発に異動し、2019年7月に主事に昇格。2020年10月には再び生産技術に戻り課長に就任する。

2024

7月に部長に昇格し、部全体を統率する立場に。従来の3倍の部下を持ち、事業全体を俯瞰しながら組織運営と事業の前進に尽力。

2007年〜

▶︎ CAREER. 01

20代の鍛錬の日々が
今の自分の礎になった。

新人時代の私は、仕事ができない社員でした。ミスを重ねて上司に迷惑をかけ、謝り続ける毎日。意を決して上司に「もう仕事がもらえないのではないかと悩んでいます」と打ち明けたところ、「そんなこと、少しも考えていないよ」と返ってきた言葉は、一生忘れることはできません。当時の上司からは、社会人の常識からエンジニアとしての心構えをはじめ、毎日メール文章のチェックを受けるなど実務の細部において指導してもらいました。ある日、社外の営業担当の方から「メールの文章が理路整然としていて、とてもわかりやすいですね」と言われたことは、私にとって初めての成功体験。上司の指導のおかげで成長を実感した瞬間でした。
ちなみに最初に携わったのは生産技術の仕事です。設計開発職の「こんな製品をつくりたい」というニーズに対して新規装置の導入やラインの改良を考え、メーカーとの打ち合わせで仕様を決定し、立ち上げまでを担当。自分でプログラミングや設計を行い、製品を世に送り出せたことは、大きなやりがいにつながりました。

CAREER. 01

2009年〜

▶︎ CAREER. 02

人ひとりに向き合う
マネジメントの大切さを学んだ。

30歳を過ぎて生産技術の仕事にも慣れたころ、チームリーダーを任されるようになりました。“個人で成果を出す”から“チームとして成果を創る”へと役割が変わり、特に悩んだのはメンバーの指導です。当時の私はメンバーへの要求が高く、感情が顔にも出ていたようで周りから指摘を受けていました。今思えば当たり前のことですが、能力やキャリア、性格がそれぞれに異なります。全員に同じレベルを求めるのではなく、一人ひとりに合った仕事を与え、目標を設定することで個人や全体のレベルアップを図ることができました。
この時期、「安全」について真正面から向き合う機会がありました。当時発生した労働災害をきっかけに、私は「同様のリスクが存在する」と判断されたすべての生産装置・実験装置の安全対策を担うことになったのです。社内外の有識者から知見を得て、「安全設計」を原理原則から深く学び、30数台にも及ぶ機器について安全対策を施した設計を行い、自らの責任で工事を完遂させました。エンジニアとして安全に向き合う姿勢、そして安全設計のスキルを身につける契機になりました。

CAREER. 02

2014年〜

▶︎ CAREER. 03

めての拠点異動で
知識の浅さを痛感した。

これまで10年以上、亀山事業所で生産技術に携わってきましたが、初めて拠点異動を経験。これが大きな転機になりました。生産技術ではお客様に遅滞なく製品を届けることが最重要であるとされ、時には原理原則へのこだわりよりもスピードが優先される場面も多々ありました。一方、異動先のプロセス技術開発は、まだ世の中にない技術を研究開発する部門。原理原則にこだわり、誰もが数値解析やシミュレーションを行い、技術報告書や知財調査までを易々とこなすハイレベルな集団の中で、自分が浅い理解で仕事をしていたことを思い知らされました。当時は大学時代の教科書を引っ張り出し、多くの学術書を自費で購入して勉強する日々。ある有名大学の教授に数値解析を体系的に学べたことは大きな刺激になり、「同僚・先輩に喰らいついてやる」という気概だけで走り続けました。そして2年程経った頃、普通に仕事をやっていると実感できる瞬間がありました。この時期に培った知識を製造現場に応用し、自分の手でアプリケーションを開発・リリースできた経験は、Nitto人生の中でも最大級の成功体験です。

CAREER. 03

2018年〜

▶︎ CAREER. 04

製品リリースの修羅場を
チーム全員で乗り越える。

プロセス技術開発を経て、6年ぶりに生産技術に戻り、課長に就任。部下のマネジメントという新たな役割と責任を担うようになりました。しかし、某スマートフォンメーカー向けの新製品をリリースした時期と重なり、日々のデリバリー対応、様々なトラブル対応が続き、まさに一分一秒を争うような修羅場の状態。マネジメント経験と能力が不足していた私は、他部署を巻き込む大きな混乱を招いてしまい、初めての挫折を経験しました。上司に「何もできない自分が情けない」と涙ながらに心情を吐露したことは、今も鮮明に覚えています。それでも「新製品をどうにかして軌道に乗せたい」という想いで全員が一丸になって取り組むなか、優秀な部下に恵まれ、チームの総合力と情熱を改めて実感することができました。今では事業部門を牽引する主力製品へと成長し、売上・利益の面でもNittoに大きく貢献しています。決して楽な時期ではありませんでしたが、経験の浅い私についてきてくれ、歯を食いしばって一緒に走り続けてくれたメンバーには心から感謝しています。

CAREER. 03

2019年~現在

▶︎ CAREER. 05

ンバーの成長と幸せを
生み出せる管理職を目標に。

2024年7月、部全体を統率する部長に就任。マネジメントする人数は従来の3倍になり、自分自身の役割や業務のリソース配分、指示の出し方を抜本的に見直す必要に迫られました。もちろん、個別事業の案件1件1件すべてに割ける時間はなく、私が口を出したら課長の成長を妨げてしまいます。それよりも全体を俯瞰しながら「緊急性や重要度の高い事案は何か」といった判断を的確に行い、他部署との折衝に尽力しました。また、この年にコーチング研修を受け、信頼関係のもと部下に気づきを促して成長を支援するノウハウを学びました。立場が変わり、様々な学びを得た今は、「部門の業績」と「メンバーの幸せ」を両立させることが自分の使命だと感じています。メンバーの成長と幸福を心から願い、自分が評価されること以上に部下や部門が評価されることに充実感を覚えます。影響力とは地位や肩書きではなく、自分の行動によって周囲にどれだけ良い変化をもたらせるかどうか。私は「周囲の幸せを一つでも多く生み出せる人間」でありたいと考えています。

CAREER. 04

これまでのキャリアを
振り返って

私は20代の頃から常に「最下位」からのスタートでした。新人時代はまわりの同期が自分よりもはるかに優秀に見え、私はミスを重ねて上司に迷惑をかけてばかり。生産技術からプロセス技術開発に異動したときは、「原理原則はわからなくても成果が出せる」という自信が見事に打ち砕かれました。その後も課長、部長にキャリアを進めるたびに、大きな壁に何度も直面して挫折も経験。しかし、このような状況を悲観せず、「そこから伸びていくことが自分の成長パターン」と前向きに捉え、ひたすら努力し続けてきました。すると周りが手を差し伸べてくれて、私を引き上げてくれる。Nittoはそんな優しさと情熱を持ったメンバーが集まる会社です。今後も様々な課題や困難に遭遇するかもしれませんが、自分自身の成長の転機になると考え、部の運営と事業の前進に力を尽くしていきたいと考えています。