本文へリンク

ブラックテープ(2)

テープの歴史館

第3章 粘着テープ誕生

< 戻る

ブラックテープ(2)もう1つの元祖粘着テープ/多様な使用例

起源の1つはイギリスの<ブラックレーテープ>

ブラックテープの起源をたどると、その1つとしてイギリスの<ブラックレーテープ>に行き着きます(これは「ブラック」ではなく「ブラックレー」です)。
 1895年、イギリスでゴム被覆絶縁電線の主力工場として設立されたコノリーブラザーズ社では、電気絶縁テープもつくっていました。同社がブラックレーという地方にあったため、このテープは<ブラックレーテープ>と呼ばれていました。すでにカレンダーロールでつくっていたようです。
 このテープは電気技師や技術者の道具箱の中に常に見られるほど普及し、人々は一般的に黒い絶縁テープのことを<ブラックレーテープ>と呼ぶようになります。

日本では「ブラックテープ」の名称で普及

絶縁テープは、明治時代に日本にも輸入されます。当時の広告を調べると、<ブラックレーテープ>をはじめ、アメリカ製品の<グリムショーテープ><コムペチションテープ>などの名を見ることができます。
 日本でも、電気が急速に普及するにしたがって、当然ながらブラックテープの需要も増加していきました。明治末期には数社が国産化しましたが、それまではすべて輸入品でした。

1911年(明治44年)には、国産品として中村製作所が <NAKAMURA COMPETITION FRICTION BLACK TAPE>を発売しています。この頃から日本では、輸入品でも国産品でも絶縁テープを「ブラックテープ」と呼ぶようになりました。<ブラックレーテープ>からきた言葉なのか、単に黒いからかはわかりませんが、これは日本だけで、海外で「ブラックテープ」と言っても、絶縁テープのことではありません。

スポーツでも大活躍

ところで、電線の絶縁用につくられたブラックテープですが、まったく別の用途にも使われることがありました。
 イギリスで<ブラックレーテープ>が出始めて間もなく、人々はテニスのラケットの補強や修理に使ったり、イギリスの国民的なスポーツであるクリケットのバットにも巻いたりしていたようです。
 やがて<ブラックレーテープ>のコノリーブラザーズ社では、ゴルフの時に指に巻く緑色のバイアス粘着テープもつくるようになりました。ゴルフ手袋が普及する以前のことで、指がすりむけるのを防ぐために、ゴルファーにとっては必需品でした。スポーツテープのはしりとも言えるでしょう。
 このように、本来の目的とはまったく違う目的で使われることがあるのも、粘着テープの特色の1つです。

日東電工株式会社でも1946年(昭和21年)からブラックテープをつくっていましたが、1960年(昭和35年)頃、カナダから大量の注文が来たことがありました。電線の大工事かと思いきや、なんと現地ではアイスホッケーのスティックに巻いていました。こうするとパックの飛びやレシーブの受けが良いという評判でした。また、野球のバット、テニスや卓球のラケットに滑り止めとして使われた例もあります。

ブラックテープは、絶縁という本来の役割は、その後誕生したビニル粘着テープに明け渡し、今ではその姿を店頭で見ることはなくなりました。日東電工株式会社でも1974年(昭和49年)に生産を中止しました。しかし、その技術や用途は、さまざまなテープに引き継がれて生きています。

コラム:ブラックテープ

名前の由来ははっきりしませんが、確かにこのテープは真っ黒でした。再生ゴムが使われたためもありますが、意図的に黒い物質を入れたこともありました。ブラックテープは電線の絶縁用ですから、いつも太陽にさらされる運命にあります。そこで、太陽劣化に一番強い色として黒が選ばれたのです。

ページトップへ戻る