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新卒採用TOP > 仕事と人 > 小西 達也

米国新会社にNitto文化を伝え、核酸製造プロセスを学ぶ武者修行へ。

小西 達也

核酸原薬の受託製造とDDSでNittoの未来に新たな道を。

ここ東北事業所は、Nittoの中でもメディカルを主体とした開発製造拠点。私がグループ長をしているDDS開発グループは、「DDS(ドラッグデリバリーシステム)」関連と、「核酸医薬」関連の開発に大きく分かれています。
DDSは、“薬の有効な成分を必要な時間、適切な場所に届ける”もので、Nittoではすでに、ぜんそく薬などを皮膚に貼ったテープから吸収させる“経皮吸収型テープ製剤”を実用化しています。そして、核酸医薬。DNAやRNAの構成成分である核酸からなる医薬品で、遺伝子の発現に直接作用することで、これまで治療が難しかった病気の治療が可能になると、大きな期待を集めている次世代医薬品です。イメージでいえば、これまでは病気を引き起こす物質に対処していたものを、物質をつくりだす根っ子そのものを断つ感じでしょうか。私の部署では、この核酸医薬品のもととなる“核酸原薬”を、医薬品メーカーから委託を受けて開発製造する事業を担当。DDSとともに、Nittoにとって大きな可能性を持った事業といえます。
グループ長としての仕事は、この2つの分野の進捗管理や業務管理に加え、将来の事業成長のためのタネまきや新規成長軸の提案を行い、部署や事業の垣根を越えて実行していくことが求められます。案件の内容や開発スパンはもちろん、メンバーの個性やスキルも違います。誰に何をどのように任せれば、より成長していくのかを重視しながら、日々のマネジメントを行っています。

買収した会社のノウハウを学び、Nitto文化を根付かせる。

2011年、Nittoは核酸医薬事業を加速させるために、核酸医薬の製造受託分野トップのアビシアバイオテクノロジー社(米国)を買収し、日東電工アビシア(MAV)をスタートさせました。私はその立上げのために、3年間米国へ渡りました。
1年目は、核酸製造プロセスのノウハウを学ぶために現場に張り付きました。現地の人とともにお客様のところへ出向き、サンプルづくりやデータ採取などこなす毎日。英語での交渉もさることながら、欧米やロシア、中東、アジアなど様々な国籍の人たちがいましたから、異なる文化の中でのやりとりはかなりハードでした。働き方や役割意識、宗教やライフスタイルなど多様性を受け入れながら、それを見越してプロジェクトを進めなければなりません。
そして2年目からは、日本からの駐在は私一人になり、日本のメディカル事業とMAVをつなぐ架け橋としての役割も担当。もともと全く別の会社でしたから、Nitto文化を理解してもらうのは苦労しました。私が入らなくても、継続的なコミュニケーションができるよう、開発と開発、経理と経理など日米のセクション同士をつなぐ努力を行い、徐々に文化を浸透させるように工夫しました。細かなニュアンスが伝わらず正しく理解されなかったり、誤解からぶつかることも。しかし、Nittoの「オープン・フェア・ベスト(誠実な姿勢、尊敬と信頼、多様性への理解と尊重)」の精神で、粘り強く取り組みながら、なんとか融合の素地をつくることができたと思います。
これら3年間の経験を通して、製造プロセスの理解を深めたことはもちろん、グローバルな環境においてビジネスを進めていく経験値がついたことは、自分自身の大きな成長につながりました。人にとって、Nittoにとって、未来の希望となる核酸医薬。これからも大きく育てていきたいと思います。

My Nitto Way

新しい価値創造へのチャレンジ

チャレンジを推奨し、応援する社風。失敗しても再挑戦できます。反省はするけど、くよくよしないというプラス思考で、チャレンジを楽しんでいます。

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